

『胡飲酒』を守った源雅実
源氏初の太政大臣まで昇進した源雅実(みなもと の まさざね)は、 堀河天皇の叔父として政界のみならず、楽の世界でも活躍をした人物です。 治暦3年10月に後冷泉天皇の御前で『胡飲酒』を舞い、御衣を賜ったことは後年長く語り伝えられたといいます。 ...


唐楽を伝えた異国の楽師
今から4年ほど前に 奈良の西大寺の境内から土器が発掘されました。 一時話題になりましたので、ご存知の方もいらっしゃると思います。 この土器には「皇甫東朝」 という墨書がありました。 皇甫東朝(こうほとうちょう)は 天平八年(736)に遣唐使 中臣名代らと共に来日した唐人...


篳篥嫌いの原因は・・・
ある時、篳篥嫌いで有名だった明尊僧正(三井寺の僧で能書家で有名な小野道風の孫)が参加する月見の宴が琵琶湖でありました。 和邇部用枝は参加者の一人だったのですが、明尊僧正に乗船を禁じられてしまいます。 ところが彼は「それでは打ち物をさせていただきます」と言い、なんとか乗...


学芸にすぐれた悲劇の美男子
平重衡は清盛の五男で、管絃の道に通じていた人物でした。 『吾妻鏡』元暦元年(1184)四月では 頼朝に捕らえられ死を待つ重衡が<管絃>をした様子が記されています。 ある晩、頼朝が重衡のもとに数名の家臣と千手前を遣り、徒然を紛らわせるように宴を整えると工藤祐経は鼓...


海野勝珉の「蘭陵王置物」
以前、東京国立博物館で開催されていた、 「皇室の名宝展」から「蘭陵王置物」を紹介しました。 明治期を代表する彫金師・海野勝珉(うんの・しょうみん)(1844-1915)の作です。 この「蘭陵王置物」で第三回国内勧業博覧会で妙技一等賞を受賞しています。...


玄宗皇帝の寵妃 楊貴妃の楽才
玄宗は唐の第6代皇帝として「開元の治」と呼ばれる善政を行いました。 遣唐使として唐に渡った、阿部仲麻呂を重用したのもこの玄宗でしたね。 そんな玄宗は非常に音楽を好み、演奏にも長けた人物でありました。 そして寵妃・楊貴妃とともに音楽を楽しんだと思われます。...